スザクからユフィに向けた独白、というか考察?
ユフィにブリタニア社会に対する目標を話すからにはそれなりにスザク→ユフィのベクトルも仲良くなっとかないとなー、な妄想話であります。
ほのぼの+シリアス÷2、な感じ。(謎
珍しく1話完結。
あぁ、今日は解らないことだらけだ―…
―箱庭の夢、誓いの空―
気持ちの良いくらい晴れ渡った空の下。
裁判所を出て突然、この空から降ってきたお姫様を連れて租界を歩くこと早一時間。
…何故僕は今、こうしているんだろう。
「スザクさん?」
いぶかしげな顔をしていたらしい僕を、隣を歩いていたユフィが心配そうな顔でのぞき込んでくる。
「どうしました?さっきから上の空ですよ」
「あ…すみません。少し考え事をしていて…」
「疲れていませんか?私ったら、つい嬉しくて…スザクさんを連れ回してしまいましたね」
「そんなことないよ。大丈夫」
本当ですか、と疑うユフィの視線に僕は努めて明るくうなずいた。
実際、軍で訓練を受けている身なのだから、このくらいで疲れることはなかった。
それに、クレープも食べたことがなかったり、ショーウィンドウで立ち止まったり。
くるくる動き回って何でも物珍しそうに目を輝かせているユフィを見ているのは意外と面白くて、本当に飽きることはなかった。
本人に言ったらなんだか怒ってしまいそうだったから、言わなかったけれど。
「ユフィこそ、あちこち行って疲れてない?」
「私は全然平気ですよ。楽しいです」
ユフィは町並みを見るのに専念していたから、疲れなど感じないと言った。
見るもの見るもの皆新鮮だから、疲れている暇などないと。
明るく笑ってまた周囲を見渡す彼女を見つめ、そういうものだろうかと少し不思議に思った。
今までまともに女の子を連れて歩くなんてしたことがなかったから、自分とは歩くテンポだって違うし、歩幅もうんと小さいことに驚いた。
おまけにユフィは透き通るように白くて細くて。
外も歩き慣れていないようだったし、すぐ疲れてしまうんじゃないかと最初は心配だった。
そう思ったりもしたのに、案外本人はけろっとした顔でついてくるのだから、そこにもまた驚いた。
「…あ」
少し先に、名前ぐらいは知っている喫茶店があった。
軍に所属していたこともあり、あまり進んでこういう施設を利用しなかったから、自分はどこの店が美味しいとか、そういうことにひどく疎かったことに今日気が付いた。
だからユフィにも聞かれたら答えるぐらいのことはしていたけれど、ろくなことは教えられていない。
事情は分からないけど今日が最後の休日だと言うし、そんな日にこんな案内人で悪いなぁと心中で反省する。
「ユフィ、あそこで少し休んで行こうか?」
ユフィは自分が指さした先を目で辿り、すぐに笑ってくれた。
「はい」
*******
「えーっと…」
店内に入り、案内してもらった先のテーブルで水を飲みながら、向かいでメニューを広げて一生懸命に選ぶユフィを盗み見る。
メニューとにらめっこしている彼女は、自分の視線に気付く気配もない。
―…不思議な子だなぁ…。
今日は、クロヴィス殿下殺害の件で裁判にかけられていた。
容疑がかかっていたし、現在の日本人とブリタニア軍、自分の名誉ブリタニア人としての立場を考えれば有罪は確実だったし、そうなることを覚悟して法廷に立った。
…はずなのだが、ゼロについての言及はあったものの何故か無罪放免であっさりと釈放されてしまった。
実際無実なのだから、助かったと言えば助かったのかもしれないが、突然どうしてこうなったのだろう。
「スザク?」
「…っ!」
ちょん、と軽くユフィの指先が眉間に触れる。
「難しい顔してますよ。やっぱり何か気になることが…」
「あぁ、いや、そういうわけじゃ…!」
「…本当に?」
「はい。それよりユフィ、何にするか決まった?」
突然話題が変わり、ユフィはきょとんとした顔になり、次に困ったような顔をした。
「えっと…それが、まだ迷っていて…」
「どれか候補は?」
そう言うと、ユフィは指を滑らせてメニューに載っている写真を二つ順番に示した。
一つはシフォンケーキに少し生クリームが乗った大人っぽいシンプルなデザインのケーキ。
もう一つは可愛らしい苺か何かのピンクのソースがかかっているムースの様なデザートだった。
「どちらも美味しそうで…。困りました…」
どうやら真剣に悩んでいる風のユフィである。
クレープを食べたばかりでよくそんな甘そうなものが食べられるなぁと小さく感心してしまったのだが。
「うーん…」
さて、どちらが美味しいとは自分にはアドバイス出来ないので一緒に悩むしかない。
クレープを食べた後なのだから、甘さ控えめの方が良いのかもしれないが…。
「スザクは決めました?」
「ううん、僕もまだだけど……」
…あれ?
「…スザク?」
視線に気付いて、メニューから顔を上げたユフィに僕は微笑んだ。
「いつの間にか、“スザク”になってる」
「え?」
言わんとするところを理解して、ユフィはほんのり白い頬を染めた。
「あ…気に障りましたか?…初対面で慣れなれしかったでしょうか…」
「ううん、僕もユフィって呼んでるし。そういうのは気にならないから」
「良かった。それなら良いんです」
笑顔で言って、ユフィはまたメニューに視線を戻した。
裁判所を出てすぐ、空から降ってきたお姫様。
窓から伸びていた、なんとも古典的なカーテンを繋げて作ったロープ。
あれを伝って降りようとして、途中で長さが足りなかったんだろうなぁ、きっと。
可笑しい反面、もし自分がいなかったらとゾッとする。今ごろ彼女は怪我を負って、また窓の向こうに連れ戻されていたのだろう。
悪い人に追われているから助けてくれ、なんて抜けだしてくるのだから、嘘だとわかっていても本当にどこかの物語に出てくるお姫様みたいだ。
自分も勢いで連れ出してきてしまったけれど、家の人、心配してないと良いな。
…今ごろ騒ぎになっていそうだ…。
いわゆる箱入り娘というヤツだったのか、ユフィの知識はかなり偏っている。
自分のことは何故かどうしてそこまで、という事まで知っている。
それなのに、自分の正体がわかっていて、それでも一緒に歩こうとするブリタニア人の少女。
単なる好奇心なのだろうか。それにしては、詮索されたりは全くない。
ただ本当に、一緒に町を眺めて歩いているだけなのだ。
同い年ぐらいに見えるけど、学生らしいことはあまり知らないのも妙だった。クレープが良い例だ。
…自分もあまり言える立場ではないが。
あと、見知らぬ猫と会話(?)したり。
仲良くなるの上手かったなぁ…。コツとかあるのかも…。
―…猫、苦手なんですか?
―…僕は、好きなんですけど…片想いばっかりなんです。
―…片想いって優しい人がするんですよ―……
片想い、か…。
……片想いって、想いが通じるまでは、誰しもするものなんじゃないだろうか。
その後どうなるかは別にして、想いを告げるまで必ず誰かを想う人間は片想いをすることになる。
それなら、彼女の言う“優しい人”とは?
…誰かを想う人間すべて…?
「…ユフィ」
「はい?」
ユフィは、きっと優しい世界で生きてきたんだろう。
あの窓の向こうにいた人に守られて、愛されて、大切にされて生きてきたんだと思う。
誰かを想う人間すべてが優しいだなんて。
俺が、優しいだなんて―…
このまま彼女の傍にいれば、きっと彼女の世界を、自分は壊してしまうだろう。
彼女の理想を、思い描く世界を、自分は踏みにじる。
この場限りの関係で終わるなら、それで良いのかもしれない。
壊さずに済む。君の世界を。
だけど…
「そっちの…」
「え?」
メニューをついと指さした。
「このムースの方が、良いと思う。僕は」
このムースにかかるピンクのソースは、ユフィの髪の淡い桃色とよく似ていて、ユフィがそれを食べている光景はとてもよく似合っている気がした。
いかにも甘そうで、可愛らしい色。不思議と惹かれる色だ。
道に咲く花の様に、そこにあって、安心するような。
「…じゃあ、こちらにします」
微笑んでくれることが、嬉しくなるような。
「うん」
ようやく決めたユフィが、店員を呼ぶ。
「ご注文をお伺いします」
「こちらの…」
ユフィ、どうしてだろう。
名誉ブリタニア人の立場を、自分がどういう立場の日本人だったのかを知ってるだろう?
クロヴィス殿下殺害の件を、知らないわけじゃないだろう?
なのにどうして、君は隣を歩いてくれる?
こうして向かいあって、微笑んでくれる?
ブリタニアを、世界を変えられるかもしれない望みを、くれるのは何故?
ユフィの瞳に写る自分が、本当に少しだけ、優しく見えるのはどうしてだろう。
分からないことばっかりだ。
「スザクはどれにしますか?」
でも、それが嫌じゃない―…
「…僕はこれで」
「え」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ユフィの理想の世界にいられるのなら、自分はもう少し…この偽善を…どうにか出来そうな気がしたんだ。
「スザク…」
「何?」
「スザクが頼んだのは…」
だからもう少しだけ、傍にいたいと想った。
「シフォンケーキ。半分にして交換しよう?それなら両方食べられるだろ?」
これも、片想いかもしれないけど。