管理人黒峰の日々の徒然。
主に視聴アニメやらでの叫びなど。なんだかんだうだうだ言ったり空元気でテンション高かったり色々!
先のバレンタイン小説を受けて、ホワイトデー編です。
(サイト閉鎖に伴い、加筆修正した上での再掲載になります※加筆修正2011/2/10)
ホワイトデー一週間前ぐらいの特派から当日まで。前半はロイセシも加えています。
あまりシリアスな要素はなく、ほんのり甘い騎士姫です。アーサーもいます。
少々愛が重い感じかもしれませんが(苦笑)そこら辺はご愛敬!
(サイト閉鎖に伴い、加筆修正した上での再掲載になります※加筆修正2011/2/10)
ホワイトデー一週間前ぐらいの特派から当日まで。前半はロイセシも加えています。
あまりシリアスな要素はなく、ほんのり甘い騎士姫です。アーサーもいます。
少々愛が重い感じかもしれませんが(苦笑)そこら辺はご愛敬!
「本日の訓練はこれで終了です」
ハッチが開き、シミュレーションをこなしたスザクがシミュレータから降りてくる。
少し汗をかいている彼がパイロットスーツの首もとを緩めたところにタオルを持ったセシルが顔を出した。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
そのタオルを受け取ったスザクは、薄く微笑んで近くの椅子に腰掛けた。
「……ねぇスザクくん?此所のところ顔色が優れないみたいだけど何かあったの?」
「え?」
「メディカルチェックの結果を見る限り体調に問題はないと思うんだけど……何か悩んでるんじゃないかしら?」
「いえ、そんなことは…」
「ロイドさんよりは、まともなアドバイスが出来ると思うわよ?」
悪戯っぽく言いながら、私で良かったら相談して、と優しく微笑んだセシルの表情にスザクはその重い口を開いた。
「セシルさん……」
「何かしら?」
「……女の子って、どんな物を貰ったら嬉しいですか?」
スザクが神妙な面持ちで切り出したのはそんな悩みだった。
君の永久特等席
「つまり、バレンタインのお返しに悩んでる…ってことね?」
「はい…」
スザクの説明によると、先月のバレンタインにチョコレートを貰ったのだが、そのお返し、つまりホワイトデーに何を贈ればいいのか分からない、という悩みだった。
年頃の少年らしい、可愛らしい悩みだとセシルは思う。
「こういうのは…あまり慣れなくて…」
子どもの頃の自分はそれは態度が悪かったし、そういう立場でもなかったからあまり経験がないのだ。
「相手が喜ぶ物をあげれば良いというのは分かっているんですけど…」
「けど?」
「候補が浮かばないというか…何でも喜んで下さると思うし……」
「そうねぇ…好きな人から貰えるなら大体の物は嬉しいものよね」
どうやら相手のことを考えるあまり候補を絞りきれないらしい。
「でも随分と真剣に悩んでるみたいだけど……相手の女の子は本命なのかしら?」
「なっ!!?そんな…!自分は……」
顔を真っ赤にして慌てるスザクを見ると、ついからかいたくなってしまった。
「好きな女の子じゃないの?」
「いや!そうじゃない…わけじゃないんですが、自分では……自分には勿体ないというか……」
「スザクくんは優しいから、お友達のことでそんな風に悩んでるのかとも思ったけど…本当に好きなのね」
頭から被っているタオルから覗くスザクの顔は、すっかり熟れすぎた果実のようになっている。
「その女の子にとっても、スザクくんが本命なのかしら?」
「えぇっ!?それは……その、えーっと」
「告白とかされなかったの?」
「へっ!!?いや………それは…………少し、前に」
ロイヤルプライベート通信で告げられたあの言葉を思い出す。
まさかその告白を当のセシルも聞いていたとは、スザクの口からは言えなかった。
「あら、両想いなんじゃない」
「そう……なんでしょうか」
「え?スザクくんの気持ちは伝えてないの?」
バレンタインの出来事を思い出し、スザクはますます沸騰した。
抱き締めて、親友に嫉妬して、贅沢にねだって。
あんな風に自分の想いを言葉にして彼女に告げたのは、実はあれが初めてだったのだ。
あまりに嬉しくて、舞い上がって、後先も考えずその場の勢いで…キスまでしてしまって……。
「ス、スザクくん?なんだか顔が赤い…のに青褪めてるけど大丈夫?」
「…大丈夫です、すみません」
大好きになってくれる、とは言われたものの、お互いの気持ちをああして確かめたのは初めてで。
彼女からチョコレートというカタチにして伝えてもらえたことは、本当に奇跡のようで。
けれど自分は、自分達は人目がなかったとはいえ、あんなことをして良かったのだろうか?
………今さらと言えば今さらだが。
「その人、恋人じゃないの?」
「……正直なところ、分かりません」
たとえ両想いだとして、そう名乗っていいのかどうか。
「うーん……」
なんとなく、セシルは悟っている。
スザクの思い悩む相手がユーフェミアだということを。
相手が同じ学生なら、もう少し彼の悩みも緩和されていることだろうから。
越えてはいけない壁のある、二人だからこそ。
「……まぁ、とりあえず今はお返しのことを考えましょうか。形はどうであれ、二人ともお互いのことが大切ならそれで良い…ううん、それが一番大事だと思うわ」
「セシルさん……」
「特別な人には、やっぱり特別なプレゼントがしたいものね?」
「……はい」
そんなわけで、二人はホワイトデーのプレゼントを考え始めた。
「うーん……両想いなら、食べたり使ったりしたら無くなってしまう物よりも、後まで残る物の方が良いかしら?」
「そういうものですか?」
「その方が思い出になるから。逆に、あまり親しくない人から大きい物や高価な物を貰っても困っちゃうでしょう?」
「確かに……」
二人は移動して、セシルの用意した紅茶とお茶菓子を挟んで話し合っている。
セシルの女性としての意見をスザクは真剣に聞いていた。
「だから相手もスザクくんなら、大切にとっておける、そういう物でも嬉しいんじゃないかしら?」
「大切に……」
ユーフェミアに何か贈って、それを彼女が大切にしてくれている姿を思い描くと、自然と顔が綻んだ。
贈り物は、やっぱり大切にしてもらえた方が嬉しい。相手が大切であればあるほど尚更に。
「けど重いプレゼントは控えないとね……そこが難しいんだけど」
「そうですよね……」
紅茶を口に含む。
セシルも真剣に考えてくれていて、相談して良かったと思った。
生徒会のメンバーにも聞いてみたところ、なにしろ相手が言えないのであまり具体的な案が出なかったのだ。
「そうだ」
「どうしたの?何か良い案でもあった?」
「いえ、そうじゃなくて……セシルさんなら何が欲しいですか?例えば、ロイドさんからとか」
「な…っ!大人をからかうんじゃありません!」
「でも、バレンタインの時にあげてましたよね?僕も貰いましたけど…」
チョコレート入りのおにぎりを。 …予想はしていたけれど。
「…ロイドさんがそういう…」
「僕がなんだって?」
「ロイドさん!!」
ひょっこりと後ろから現われたのは、たった今まで不在にしていたロイドだった。
「訓練はとっくに終わってる時間なのに、二人で何してるんだい?」
「僕がセシルさんに相談してたんです」
「何の?まさかランスロットに不具合でもあった?」
「ロイドさんには縁のない話ですよ」
拗ねたようにセシルは言い放った。
苦笑しながらスザクが代わりに答える。
「ホワイトデーのお返しについて少し…」
「ふーん、それはまた時間を無駄にする悩みだね」
「スザクくんは真剣なんですよ!本当にデリカシーのない……」
「残念でした、僕はそういうのに全く興味がなくてねぇ」
「知ってます。」
ツンとそっぽを向いて厳しく言うセシル。
だからってはっきり言わなくても、と言いたいところだろうか。
自分などよりもずっと付き合いの長いらしい二人は、お互いのことをよく熟知しているだろう。
けれども、どうやらセシル自身、彼の人の対応など分かりきっていながらもやはり期待はしていたようだ。
二人の言い合いを聞きながら、年上の女性にこんなことを思うのは失礼かと思いながら、可愛い人だと思っていた。
「じゃあロイドさんは、セシルさんにお返しは何も?」
「んー?」
火に油を注ぐというか、なかなか空気を読まない発言をしたスザクを愉快そうに白衣の男は眺めた。
「僕はそのテの話は専門外だからねぇ。あまり参考にならないと思うよ?」
「いいのよスザクくん!この人はこういう大人なのっ」
「おや、僕に大人の対応でもしてほしかったんですか?」
お茶菓子をひょいとつまみ上げ、もぐもぐと甘味を味わう呑気な顔でロイドは言う。
「大人の対応?」
眼鏡の奥で観察を続けるロイドにスザクが尋ねた。
「ロイドさんにそんなきちんとした対応出来たんですか…?」
上司から思ってもみない言葉が飛び出して、思わずセシルは彼をまじまじと見つめた。
「形式的にホワイトデーがどういうものかは知っているからね。バレンタインの日に散々教えられましたから」
ブリタニアではホワイトデーはあまり馴染みがないというので、二人にスザクが教えたのだ。
義理チョコの概念や、バレンタインに女性から物を贈るのは日本の習慣だ。
先月チョコおにぎりをくれたセシルも、いつもは何もしないのだと言う。
スザクとの距離を縮めようと、セシルが腕を振るってくれたわけである。
「僕はてっきり研究好きなセシルくんは、もっと仕事がほしいかと思って色々新開発の準備をしてたんだけど…そういう方がお好み?」
彼は二人の側を離れ、仕事に使うコンピューターの方へと歩きながら話した。
「それって…体よく私に仕事を押しつけようとしてませんか?」
「そんなことありませんよー」
彼女の声に機械の前で振り返る。
「だって僕も好きですから。」
「ロ…ッ!?」
「研究が」
その言葉に、飛び上がった肩がガクッと下がるスザクとセシル。
一瞬でも何か期待した自分が馬鹿だったとセシルは呆れるしかなかった。
「ん?どうかしましたか?」
「なんでもありませんッ!」
「あはは……」
「?」
これは何かちゃんとしたお返しを用意させた方が良いのだろうなぁとスザクは二人を見守っていた。
「ところで、スザクくんのお悩み相談じゃなかったのかい?」
「えぇそうですよ?どこかの無神経な人のせいで話がずれてしまっただけで!」
著しく機嫌を損ねてしまったらしく、彼女は勢いよくこちらを振り返る。
コンピューターを弄り始めたロイドは気にしていない素振りだった。
「あんな人に聞いても無駄ね。さ、二人で考えましょ」
そんな風に言われても、今のロイドは口の端を楽しそうに歪めたままだった。
「そうねぇ……最近その子が欲しがっていたものとかない?例えばアクセサリーとか」
「……いえ、特に心当たりは」
ユーフェミアの要望と言うと、実のところ世界や政治の事以外、本当に何も思い浮かばないに近い。
アクセサリーやそういうものをねだる女の子ではないし、元々そんなことを言う関係でもない。
そもそも相手は皇女なのだ、大抵のものは自分で手に入れてしまっているだろう。
だからこそ、スザクはここまで悩んでいるとも言える。
「じゃあ、その子の好きなものは?食べ物や色、動物とかスザクくんの知ってることで何かないかしら?」
「えっと……」
そう言われてスザクは自分の知るユーフェミアを思い描いた。
皇女として接する時、ユフィとして傍にいる時、たとえ時間は長くなくとも彼女と共有した大切な時間。
「…紅茶が好きだと思います。あと甘い物も。それから、明るい色が好きなんじゃないかと…一番かは分かりませんが、猫は好きだと思います」
「それだけ分かれば何かヒントにならない?」
糸口の見えそうなスザクに、セシルは優しく微笑む。
「ねぇスザクくん、必ずしも何か物をあげる必要はないんじゃないかしら?ただいつもより少し特別な、二人の時間とか」
「時間、ですか」
「プレゼントは何を貰うかより、気持ちが大切だってよく言うでしょう?結局、大切な人とどう過ごすか、それが大事なんじゃないかしら」
ただでさえ、自由に会うことを許されない二人なのだ。
ユーフェミアにとって、一番嬉しいのは彼が側にいることではないだろうか。
「……でも、それじゃあ」
「何もしなくていい、って言ってるわけじゃないわよ?いつもより少し特別な、って言ったでしょ。バレンタインに頑張ってくれた彼女のことを一生懸命考えて、少しでも素敵な時間を過ごせるようにしてあげて?」
特別なモノでなくていい、ただ伝えたい事は、あの日学園までチョコを届けてくれた彼女への感謝と、たった一言。
それを伝えるには、どうすればいいか。
「……ありがとうございます、セシルさん!」
「どうするか決まったの?」
晴れた顔をしてスザクは立ち上がる。
「はい!」
「そう、良かったわ」
「じゃあ、あの、少し準備したいので、これで失礼します。セシルさん、それにロイドさんも本当にありがとうございました!」
ロイドは少し意外そうな顔をしたが、その後笑って、小さくどう致しましてと口ずさんだ。
「どう致しまして。頑張ってね」
「はい。あ、セシルさんにもホワイトデーのお返しは必ず」
「あら、ありがとう」
それじゃあ、と喜々とした表情でスザクは走り去って行った。
これで一安心だとホッと息をつく。
ここ数日のスザクは塞ぎ込んでいるようで、本当に元気がなかったのだ。
普段から明るいだけに、あんな笑顔を見たのも随分久しぶりな気がした。
「…聞きました?スザクくんはちゃんとお返しをくれるそうですよ」
「僕もちゃんと開発ってプレゼントを」
「そんなものをプレゼントと思えるのは貴方くらいです」
一向にこちらを見ようとしないセシルを見て口許を緩ませる。
「おかしいねぇ、君がスザクくんに教えた事と全く変わらないんだけど」
「どこがどう変わらないって…」
「時間の演出。」
いつの間にかすぐ背後に立ったロイドの声が耳元に触れた。
「君と楽しく研究出来る時間。魅力的でしょ」
「そ…そんなの……今までいくらでもしてたじゃないですか」
「いやぁ、それが飽きないんですよぉ。不思議だねぇ」
男性にしては少し細い手がするりと肩をなぞったのを確認して、
他人のお節介をやいている場合ではなかったかと、セシルは諦め半分にまた息を吐いた。
ホワイトデー当日。
三日ほど前にスザクから二人で会う時間が欲しいと告げられたユーフェミアは、僅かな時間ながら外出の許可を得た。
ボディガードも市中を抜けるまで、それからは完璧に二人きりになることが出来る。
いつも以上の量を課せられた公務をきちんとこなした為、認めてもらえた結果だ。
陽も沈みかけ、薄暗くなって来た街の中をなるべく人目を忍んで歩いた。
鼓動が高鳴り、許された時間が短いのも合わせて自然と足が早まる。
(スザクから会いたいなんて言ってくれたの、初めてなんだもの…)
無欲というか誠実に忠実に、それこそ絵に描いたような理想の騎士だ。
そんなスザクが自分から会いたいなんて求めてくれたのは今回が初めてで、嬉しくなってしまうのは仕方がないと思う。
想いが通じ合っていても、恋人だと公言出来る立場ではないから、私用で会うことは滅多にない。
(だからバレンタインが過ぎても、どこか不安で……でも)
それでも、今日は違う。
今日この日、ホワイトデーという日にスザクの自宅に呼ばれたのだ。
「着きました…」
ちょうど先月忍び込んだアッシュフォード学園の真向かいに建つこの大学内に、技術部の施設とスザクの今の住まいがある。
「ではユーフェミア様、我々はここで待機しておりますので」
「お気をつけて」
フォーマルなスーツに身を包んだ数人の男女が立ち止まった。
「えぇ、ありがとう」
万一に備え事前に渡してある無線機を確認し、護衛である彼らは目立たないようにそれぞれ施設内外へと散らばる。
ここからは、エリア11に来てほとんど初めてに近い公認の単独行動だ。
一通り服装の乱れを確認し、腕時計を見る。
規則正しく刻まれる針が、もうすぐ約束の時間を刺そうとしていた。
深呼吸をひとつ。
歩を進め、スザクの部屋の前に立つ。もちろん彼の部屋を訪れるのも初めてだ。
(スザク、いるでしょうか…)
呼び鈴が付いていないため、ユーフェミアは扉をノックしようと手をあげた。
その時、
「うわッ!?痛、こら、アーサー!」
という声が中で響いた。
「スザク!?」
「え、ユフィ!?うわっ」
なんだかバタバタとした音も聞こえる。
やがて足音が近付いてきて、扉が開いた。
「い、いらっしゃいユフィ、あいたっ」
苦笑いしながら扉を開けたスザクの後ろから、黒いものがこちらに跳ねてきた。
ちょうどスザクの頭を踏み越えてユフィの胸に納まる。
「まぁ、アーサー!」
「にゃおん」
抱き止めた存在を確認してユーフェミアは驚いた。
黒いブチ模様の猫、アーサーはスザクの頭を踏んづけたことなど意にも介さない様子で陽気に鳴いた。
「酷いよアーサー…」
「大丈夫ですか?スザク」
「あぁ、うん。平気だよこれくらい」
頭を抑えながら苦笑いするスザクを見て、ユーフェミアもくすくすと笑った。
自分達が出会った頃と何も変わっていないようで、なんだか安心したのだ。
「いらっしゃいユフィ、とりあえず入って」
「はい」
腕の中でくつろぐアーサーを撫でながら、スザクの部屋へと足を踏み入れた。
「どうしてアーサーがここに?」
「普段は生徒会室かクラブハウスにいるんだけど、今日は君に会わせようと思って連れて来たんだ」
「まぁ、ありがとうございます!この子に会うのは久しぶりですから」
華やかな彼女の笑顔を見て、スザクはひとまず安心した。
「さっき急にそわそわし始めて、そうしたら君が来ていたから、きっと君の気配を感じ取ったんだね」
「そうだったんですか」
おかげで手を噛まれてしまったのは黙っておく。
それにしても、出会った時からユーフェミアとアーサーは妙に通じ合っていた。
さらに今は抱き締められて、思う存分甘えている。
「……ちょっと妬けるよね」
「え?」
どうやら彼女には聞こえていなかったようで、なんでもないよと返しておいた。
「それよりユフィ、こっちに」
案内されて奥まで進む。
スザクの好みなのかそれとも軍で用意された部屋だからか、なんとも質素で飾り気の無い室内だ。
目立った家具もなく、ベッドとクローゼット、それとテーブルに椅子が備えられているくらい。
しかし、最低限の生活用品しか見当たらないこの室内には少し不釣合いな物がいくつかあった。
「そこの白い方の椅子に座っていてください」
そう言ってスザクはキッチンの方に立った。
言われたとおりユーフェミアとアーサーは白い、可愛らしい装飾が施された椅子に腰掛ける。
向かいにある椅子はというと、木製のいかにもな椅子で、可愛らしいなどとは言いがたい。
それに間に挟んだテーブルには、紅白の花が咲いた枝が飾られている。
「このお花、可愛いですね。それにこの椅子も」
「その花は桃だよ。ちょうど今頃が一番綺麗なんだ」
スザクがお茶を持って戻ってきた。ほのかに甘い香りが漂ってくる。
「ありがとう」
「いつもユフィの部屋で貰う紅茶と同じような味のものにしたんだけど…どうかな?」
「……えぇ、とっても美味しい」
良かった、と笑って、向かいに座ったスザクが次に取り出したのは小さな瓶だった。
「これはルルーシュから君に。渡しておいて欲しいって頼まれた」
「マシュマロ、ですか?」
「君にもうあんな無茶な真似はしないようにって言った手前、直接は会えないからってさ」
瓶を受け取って嬉しそうにそれを眺めるユーフェミアを見ながら、どことなく気恥ずかしそうにしていた友人を思い出す。
彼に今日の計画を話すと、じゃあお茶請けでも贈るかと渡されたものだった。
「あと、チョコレート、美味しかったって」
「本当ですか?良かった…ルルーシュ、まだ苺好きだったのね」
そう言って昔を懐かしむように彼女は笑う。
「私からも、ありがとうと伝えておいてもらえますか?」
「もちろんですよ」
相変わらずユーフェミアの膝の上でくつろぐアーサーが、柔らかな手に撫でられてひとつ欠伸をした。
「…幸せそうだね、アーサー」
「あら、私もですよ。こんな風に、スザクとアーサーと3人でお茶が出来るなんて」
「ユフィ…」
「嬉しいです。本当に」
そうやって優しく微笑む彼女は、自分の事など何でも見透かしてしまうようだ。
「…僕も、時折出来るユフィと紅茶を飲む時間が本当に好きで、幸せで、今度はその時間を僕が返せたらと思ったんだ」
セシルやロイドに相談して、スザクは彼女のくれた様々なものを思い返した。
カタチある物だけじゃない、大切な時間、心地の良い居場所、幸せという気持ち。
その全てに、自分はどれだけ救われただろうか。
ユーフェミアに貰ったものからしてみればちっぽけなものかもしれないが、今の自分に返せる精一杯の感謝をこの部屋に詰めた。
「こんなの、プレゼントにはならないかもしれないけど」
「そんなことないわ!傍でこうしてスザクと話せるだけで、十分嬉しいの」
「君は本当に…勿体無いことを言ってくれるね」
彼女を想う、自分の気持ちを実感する。
あぁ、やっぱり自分は彼女が、ユフィが好きだと。
「ねぇユフィ、この花…貰ってくれる?」
「この桃を…?」
枝を受け取りながら、フリーズドライで枯れないように手が加えられていることに気付く。
「うん。今が一番見頃だっていうのもあるんだけど、その、花言葉があって」
「花言葉、ですか?」
「私は貴女の虜です」
そのあまりにもストレートな言葉に息を呑む。
唯一表情を変えなかったのは、寝そべる一匹の猫くらいだ。
「…ユフィ、顔真っ赤だよ」
「そ、そういうスザクこそ……お顔、赤いですよ」
熱を冷ます術もなく、ただ向かい合って頬を染めるばかりだった。
「……スザクの方が、よっぽど勿体無いことを言ってくれるのに」
無自覚で質の悪い天然騎士様だと、いい加減気付いて欲しい。
「そんなことを言われたら、私からも桃を贈らないといけません」
愛しげに花を見つめる彼女を見て、この花にして良かったと心底思うことが出来た。
桃色と呼ばれるにふさわしいこの柔らかな花びらの色が、スザクの瞳にユーフェミアを想わせた。
尊敬も信頼も忠誠も愛情も全てひっくるめて彼女に伝えるには、この花しかないだろうと思ったのだ。
「それとね、もうひとつ」
「え?」
「君の座ってる椅子なんだけど」
言われてユーフェミアは自分の座っている椅子を振り返って見た。
豪華なわけではなく、ただ繊細で可愛らしい装飾が彫られた白い椅子。
「それも君に、ホワイトデーのプレゼント」
「えっ?でも椅子なんてそんな」
「そう、でもね、君にあげるわけじゃなくて」
照れくさそうに、スザクは頬を掻きながら口にする。
「ここに…置いておきたいんだけど…」
「ここに…ですか?」
「うん」
「…あ、もしかして」
スザクの意図を汲み取って、ユーフェミアはまた顔を赤らめた。
「普段お客さんなんて来ないから、君専用のつもりで買ったんだ」
「それって」
「あまり来る時間はないかもしれないけど…君だけの特等席」
「スザク……」
涙があふれそうになった。そんなプレゼントは、考えてもみなかったから。
「いつでもここに、来てもいいってことですよね?」
「うん」
紅茶には大切な時間を、花には幸せな気持ちを、
「いつでも君のこと、待ってる」
そしてこの椅子には、心地のいい居場所を。
今この部屋は、君への感謝で詰まってる。
「ありがとうスザク……こんなに嬉しいプレゼント、初めて」
「ユフィはいつも僕に大切なものをくれるから、それが少しでも返せていたらいいな」
「もちろん。…ねぇ、大好きよ、スザク」
桃の花と一緒に笑うユーフェミアは、それだけで春を想わせるほど綺麗だった。
「あなたに会いたくなったら、この椅子を使わせてくださいね」
「はい、是非」
「にゃあ」
「ふふ、アーサーもね」
「にゃん」
すっかり夢から覚めた様子のアーサーは彼女に擦り寄り、尻尾をピンと立てて振った。
そんな仕草を可愛いと言ってユーフェミアはますます猫を撫でる。
その光景は微笑ましいようでありながら、実は見せ付けられているような気がして少し悔しかったりもして。
だから、
「ユフィ」
「え?」
振り向いたユーフェミアの唇を奪ったスザクが、小さな邪魔者に引っ掛かれそうになったのは、
少しばかり報われなかっただろうか。
(やっぱり、アーサーは出入り禁止!)
ハッチが開き、シミュレーションをこなしたスザクがシミュレータから降りてくる。
少し汗をかいている彼がパイロットスーツの首もとを緩めたところにタオルを持ったセシルが顔を出した。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
そのタオルを受け取ったスザクは、薄く微笑んで近くの椅子に腰掛けた。
「……ねぇスザクくん?此所のところ顔色が優れないみたいだけど何かあったの?」
「え?」
「メディカルチェックの結果を見る限り体調に問題はないと思うんだけど……何か悩んでるんじゃないかしら?」
「いえ、そんなことは…」
「ロイドさんよりは、まともなアドバイスが出来ると思うわよ?」
悪戯っぽく言いながら、私で良かったら相談して、と優しく微笑んだセシルの表情にスザクはその重い口を開いた。
「セシルさん……」
「何かしら?」
「……女の子って、どんな物を貰ったら嬉しいですか?」
スザクが神妙な面持ちで切り出したのはそんな悩みだった。
君の永久特等席
「つまり、バレンタインのお返しに悩んでる…ってことね?」
「はい…」
スザクの説明によると、先月のバレンタインにチョコレートを貰ったのだが、そのお返し、つまりホワイトデーに何を贈ればいいのか分からない、という悩みだった。
年頃の少年らしい、可愛らしい悩みだとセシルは思う。
「こういうのは…あまり慣れなくて…」
子どもの頃の自分はそれは態度が悪かったし、そういう立場でもなかったからあまり経験がないのだ。
「相手が喜ぶ物をあげれば良いというのは分かっているんですけど…」
「けど?」
「候補が浮かばないというか…何でも喜んで下さると思うし……」
「そうねぇ…好きな人から貰えるなら大体の物は嬉しいものよね」
どうやら相手のことを考えるあまり候補を絞りきれないらしい。
「でも随分と真剣に悩んでるみたいだけど……相手の女の子は本命なのかしら?」
「なっ!!?そんな…!自分は……」
顔を真っ赤にして慌てるスザクを見ると、ついからかいたくなってしまった。
「好きな女の子じゃないの?」
「いや!そうじゃない…わけじゃないんですが、自分では……自分には勿体ないというか……」
「スザクくんは優しいから、お友達のことでそんな風に悩んでるのかとも思ったけど…本当に好きなのね」
頭から被っているタオルから覗くスザクの顔は、すっかり熟れすぎた果実のようになっている。
「その女の子にとっても、スザクくんが本命なのかしら?」
「えぇっ!?それは……その、えーっと」
「告白とかされなかったの?」
「へっ!!?いや………それは…………少し、前に」
ロイヤルプライベート通信で告げられたあの言葉を思い出す。
まさかその告白を当のセシルも聞いていたとは、スザクの口からは言えなかった。
「あら、両想いなんじゃない」
「そう……なんでしょうか」
「え?スザクくんの気持ちは伝えてないの?」
バレンタインの出来事を思い出し、スザクはますます沸騰した。
抱き締めて、親友に嫉妬して、贅沢にねだって。
あんな風に自分の想いを言葉にして彼女に告げたのは、実はあれが初めてだったのだ。
あまりに嬉しくて、舞い上がって、後先も考えずその場の勢いで…キスまでしてしまって……。
「ス、スザクくん?なんだか顔が赤い…のに青褪めてるけど大丈夫?」
「…大丈夫です、すみません」
大好きになってくれる、とは言われたものの、お互いの気持ちをああして確かめたのは初めてで。
彼女からチョコレートというカタチにして伝えてもらえたことは、本当に奇跡のようで。
けれど自分は、自分達は人目がなかったとはいえ、あんなことをして良かったのだろうか?
………今さらと言えば今さらだが。
「その人、恋人じゃないの?」
「……正直なところ、分かりません」
たとえ両想いだとして、そう名乗っていいのかどうか。
「うーん……」
なんとなく、セシルは悟っている。
スザクの思い悩む相手がユーフェミアだということを。
相手が同じ学生なら、もう少し彼の悩みも緩和されていることだろうから。
越えてはいけない壁のある、二人だからこそ。
「……まぁ、とりあえず今はお返しのことを考えましょうか。形はどうであれ、二人ともお互いのことが大切ならそれで良い…ううん、それが一番大事だと思うわ」
「セシルさん……」
「特別な人には、やっぱり特別なプレゼントがしたいものね?」
「……はい」
そんなわけで、二人はホワイトデーのプレゼントを考え始めた。
「うーん……両想いなら、食べたり使ったりしたら無くなってしまう物よりも、後まで残る物の方が良いかしら?」
「そういうものですか?」
「その方が思い出になるから。逆に、あまり親しくない人から大きい物や高価な物を貰っても困っちゃうでしょう?」
「確かに……」
二人は移動して、セシルの用意した紅茶とお茶菓子を挟んで話し合っている。
セシルの女性としての意見をスザクは真剣に聞いていた。
「だから相手もスザクくんなら、大切にとっておける、そういう物でも嬉しいんじゃないかしら?」
「大切に……」
ユーフェミアに何か贈って、それを彼女が大切にしてくれている姿を思い描くと、自然と顔が綻んだ。
贈り物は、やっぱり大切にしてもらえた方が嬉しい。相手が大切であればあるほど尚更に。
「けど重いプレゼントは控えないとね……そこが難しいんだけど」
「そうですよね……」
紅茶を口に含む。
セシルも真剣に考えてくれていて、相談して良かったと思った。
生徒会のメンバーにも聞いてみたところ、なにしろ相手が言えないのであまり具体的な案が出なかったのだ。
「そうだ」
「どうしたの?何か良い案でもあった?」
「いえ、そうじゃなくて……セシルさんなら何が欲しいですか?例えば、ロイドさんからとか」
「な…っ!大人をからかうんじゃありません!」
「でも、バレンタインの時にあげてましたよね?僕も貰いましたけど…」
チョコレート入りのおにぎりを。 …予想はしていたけれど。
「…ロイドさんがそういう…」
「僕がなんだって?」
「ロイドさん!!」
ひょっこりと後ろから現われたのは、たった今まで不在にしていたロイドだった。
「訓練はとっくに終わってる時間なのに、二人で何してるんだい?」
「僕がセシルさんに相談してたんです」
「何の?まさかランスロットに不具合でもあった?」
「ロイドさんには縁のない話ですよ」
拗ねたようにセシルは言い放った。
苦笑しながらスザクが代わりに答える。
「ホワイトデーのお返しについて少し…」
「ふーん、それはまた時間を無駄にする悩みだね」
「スザクくんは真剣なんですよ!本当にデリカシーのない……」
「残念でした、僕はそういうのに全く興味がなくてねぇ」
「知ってます。」
ツンとそっぽを向いて厳しく言うセシル。
だからってはっきり言わなくても、と言いたいところだろうか。
自分などよりもずっと付き合いの長いらしい二人は、お互いのことをよく熟知しているだろう。
けれども、どうやらセシル自身、彼の人の対応など分かりきっていながらもやはり期待はしていたようだ。
二人の言い合いを聞きながら、年上の女性にこんなことを思うのは失礼かと思いながら、可愛い人だと思っていた。
「じゃあロイドさんは、セシルさんにお返しは何も?」
「んー?」
火に油を注ぐというか、なかなか空気を読まない発言をしたスザクを愉快そうに白衣の男は眺めた。
「僕はそのテの話は専門外だからねぇ。あまり参考にならないと思うよ?」
「いいのよスザクくん!この人はこういう大人なのっ」
「おや、僕に大人の対応でもしてほしかったんですか?」
お茶菓子をひょいとつまみ上げ、もぐもぐと甘味を味わう呑気な顔でロイドは言う。
「大人の対応?」
眼鏡の奥で観察を続けるロイドにスザクが尋ねた。
「ロイドさんにそんなきちんとした対応出来たんですか…?」
上司から思ってもみない言葉が飛び出して、思わずセシルは彼をまじまじと見つめた。
「形式的にホワイトデーがどういうものかは知っているからね。バレンタインの日に散々教えられましたから」
ブリタニアではホワイトデーはあまり馴染みがないというので、二人にスザクが教えたのだ。
義理チョコの概念や、バレンタインに女性から物を贈るのは日本の習慣だ。
先月チョコおにぎりをくれたセシルも、いつもは何もしないのだと言う。
スザクとの距離を縮めようと、セシルが腕を振るってくれたわけである。
「僕はてっきり研究好きなセシルくんは、もっと仕事がほしいかと思って色々新開発の準備をしてたんだけど…そういう方がお好み?」
彼は二人の側を離れ、仕事に使うコンピューターの方へと歩きながら話した。
「それって…体よく私に仕事を押しつけようとしてませんか?」
「そんなことありませんよー」
彼女の声に機械の前で振り返る。
「だって僕も好きですから。」
「ロ…ッ!?」
「研究が」
その言葉に、飛び上がった肩がガクッと下がるスザクとセシル。
一瞬でも何か期待した自分が馬鹿だったとセシルは呆れるしかなかった。
「ん?どうかしましたか?」
「なんでもありませんッ!」
「あはは……」
「?」
これは何かちゃんとしたお返しを用意させた方が良いのだろうなぁとスザクは二人を見守っていた。
「ところで、スザクくんのお悩み相談じゃなかったのかい?」
「えぇそうですよ?どこかの無神経な人のせいで話がずれてしまっただけで!」
著しく機嫌を損ねてしまったらしく、彼女は勢いよくこちらを振り返る。
コンピューターを弄り始めたロイドは気にしていない素振りだった。
「あんな人に聞いても無駄ね。さ、二人で考えましょ」
そんな風に言われても、今のロイドは口の端を楽しそうに歪めたままだった。
「そうねぇ……最近その子が欲しがっていたものとかない?例えばアクセサリーとか」
「……いえ、特に心当たりは」
ユーフェミアの要望と言うと、実のところ世界や政治の事以外、本当に何も思い浮かばないに近い。
アクセサリーやそういうものをねだる女の子ではないし、元々そんなことを言う関係でもない。
そもそも相手は皇女なのだ、大抵のものは自分で手に入れてしまっているだろう。
だからこそ、スザクはここまで悩んでいるとも言える。
「じゃあ、その子の好きなものは?食べ物や色、動物とかスザクくんの知ってることで何かないかしら?」
「えっと……」
そう言われてスザクは自分の知るユーフェミアを思い描いた。
皇女として接する時、ユフィとして傍にいる時、たとえ時間は長くなくとも彼女と共有した大切な時間。
「…紅茶が好きだと思います。あと甘い物も。それから、明るい色が好きなんじゃないかと…一番かは分かりませんが、猫は好きだと思います」
「それだけ分かれば何かヒントにならない?」
糸口の見えそうなスザクに、セシルは優しく微笑む。
「ねぇスザクくん、必ずしも何か物をあげる必要はないんじゃないかしら?ただいつもより少し特別な、二人の時間とか」
「時間、ですか」
「プレゼントは何を貰うかより、気持ちが大切だってよく言うでしょう?結局、大切な人とどう過ごすか、それが大事なんじゃないかしら」
ただでさえ、自由に会うことを許されない二人なのだ。
ユーフェミアにとって、一番嬉しいのは彼が側にいることではないだろうか。
「……でも、それじゃあ」
「何もしなくていい、って言ってるわけじゃないわよ?いつもより少し特別な、って言ったでしょ。バレンタインに頑張ってくれた彼女のことを一生懸命考えて、少しでも素敵な時間を過ごせるようにしてあげて?」
特別なモノでなくていい、ただ伝えたい事は、あの日学園までチョコを届けてくれた彼女への感謝と、たった一言。
それを伝えるには、どうすればいいか。
「……ありがとうございます、セシルさん!」
「どうするか決まったの?」
晴れた顔をしてスザクは立ち上がる。
「はい!」
「そう、良かったわ」
「じゃあ、あの、少し準備したいので、これで失礼します。セシルさん、それにロイドさんも本当にありがとうございました!」
ロイドは少し意外そうな顔をしたが、その後笑って、小さくどう致しましてと口ずさんだ。
「どう致しまして。頑張ってね」
「はい。あ、セシルさんにもホワイトデーのお返しは必ず」
「あら、ありがとう」
それじゃあ、と喜々とした表情でスザクは走り去って行った。
これで一安心だとホッと息をつく。
ここ数日のスザクは塞ぎ込んでいるようで、本当に元気がなかったのだ。
普段から明るいだけに、あんな笑顔を見たのも随分久しぶりな気がした。
「…聞きました?スザクくんはちゃんとお返しをくれるそうですよ」
「僕もちゃんと開発ってプレゼントを」
「そんなものをプレゼントと思えるのは貴方くらいです」
一向にこちらを見ようとしないセシルを見て口許を緩ませる。
「おかしいねぇ、君がスザクくんに教えた事と全く変わらないんだけど」
「どこがどう変わらないって…」
「時間の演出。」
いつの間にかすぐ背後に立ったロイドの声が耳元に触れた。
「君と楽しく研究出来る時間。魅力的でしょ」
「そ…そんなの……今までいくらでもしてたじゃないですか」
「いやぁ、それが飽きないんですよぉ。不思議だねぇ」
男性にしては少し細い手がするりと肩をなぞったのを確認して、
他人のお節介をやいている場合ではなかったかと、セシルは諦め半分にまた息を吐いた。
ホワイトデー当日。
三日ほど前にスザクから二人で会う時間が欲しいと告げられたユーフェミアは、僅かな時間ながら外出の許可を得た。
ボディガードも市中を抜けるまで、それからは完璧に二人きりになることが出来る。
いつも以上の量を課せられた公務をきちんとこなした為、認めてもらえた結果だ。
陽も沈みかけ、薄暗くなって来た街の中をなるべく人目を忍んで歩いた。
鼓動が高鳴り、許された時間が短いのも合わせて自然と足が早まる。
(スザクから会いたいなんて言ってくれたの、初めてなんだもの…)
無欲というか誠実に忠実に、それこそ絵に描いたような理想の騎士だ。
そんなスザクが自分から会いたいなんて求めてくれたのは今回が初めてで、嬉しくなってしまうのは仕方がないと思う。
想いが通じ合っていても、恋人だと公言出来る立場ではないから、私用で会うことは滅多にない。
(だからバレンタインが過ぎても、どこか不安で……でも)
それでも、今日は違う。
今日この日、ホワイトデーという日にスザクの自宅に呼ばれたのだ。
「着きました…」
ちょうど先月忍び込んだアッシュフォード学園の真向かいに建つこの大学内に、技術部の施設とスザクの今の住まいがある。
「ではユーフェミア様、我々はここで待機しておりますので」
「お気をつけて」
フォーマルなスーツに身を包んだ数人の男女が立ち止まった。
「えぇ、ありがとう」
万一に備え事前に渡してある無線機を確認し、護衛である彼らは目立たないようにそれぞれ施設内外へと散らばる。
ここからは、エリア11に来てほとんど初めてに近い公認の単独行動だ。
一通り服装の乱れを確認し、腕時計を見る。
規則正しく刻まれる針が、もうすぐ約束の時間を刺そうとしていた。
深呼吸をひとつ。
歩を進め、スザクの部屋の前に立つ。もちろん彼の部屋を訪れるのも初めてだ。
(スザク、いるでしょうか…)
呼び鈴が付いていないため、ユーフェミアは扉をノックしようと手をあげた。
その時、
「うわッ!?痛、こら、アーサー!」
という声が中で響いた。
「スザク!?」
「え、ユフィ!?うわっ」
なんだかバタバタとした音も聞こえる。
やがて足音が近付いてきて、扉が開いた。
「い、いらっしゃいユフィ、あいたっ」
苦笑いしながら扉を開けたスザクの後ろから、黒いものがこちらに跳ねてきた。
ちょうどスザクの頭を踏み越えてユフィの胸に納まる。
「まぁ、アーサー!」
「にゃおん」
抱き止めた存在を確認してユーフェミアは驚いた。
黒いブチ模様の猫、アーサーはスザクの頭を踏んづけたことなど意にも介さない様子で陽気に鳴いた。
「酷いよアーサー…」
「大丈夫ですか?スザク」
「あぁ、うん。平気だよこれくらい」
頭を抑えながら苦笑いするスザクを見て、ユーフェミアもくすくすと笑った。
自分達が出会った頃と何も変わっていないようで、なんだか安心したのだ。
「いらっしゃいユフィ、とりあえず入って」
「はい」
腕の中でくつろぐアーサーを撫でながら、スザクの部屋へと足を踏み入れた。
「どうしてアーサーがここに?」
「普段は生徒会室かクラブハウスにいるんだけど、今日は君に会わせようと思って連れて来たんだ」
「まぁ、ありがとうございます!この子に会うのは久しぶりですから」
華やかな彼女の笑顔を見て、スザクはひとまず安心した。
「さっき急にそわそわし始めて、そうしたら君が来ていたから、きっと君の気配を感じ取ったんだね」
「そうだったんですか」
おかげで手を噛まれてしまったのは黙っておく。
それにしても、出会った時からユーフェミアとアーサーは妙に通じ合っていた。
さらに今は抱き締められて、思う存分甘えている。
「……ちょっと妬けるよね」
「え?」
どうやら彼女には聞こえていなかったようで、なんでもないよと返しておいた。
「それよりユフィ、こっちに」
案内されて奥まで進む。
スザクの好みなのかそれとも軍で用意された部屋だからか、なんとも質素で飾り気の無い室内だ。
目立った家具もなく、ベッドとクローゼット、それとテーブルに椅子が備えられているくらい。
しかし、最低限の生活用品しか見当たらないこの室内には少し不釣合いな物がいくつかあった。
「そこの白い方の椅子に座っていてください」
そう言ってスザクはキッチンの方に立った。
言われたとおりユーフェミアとアーサーは白い、可愛らしい装飾が施された椅子に腰掛ける。
向かいにある椅子はというと、木製のいかにもな椅子で、可愛らしいなどとは言いがたい。
それに間に挟んだテーブルには、紅白の花が咲いた枝が飾られている。
「このお花、可愛いですね。それにこの椅子も」
「その花は桃だよ。ちょうど今頃が一番綺麗なんだ」
スザクがお茶を持って戻ってきた。ほのかに甘い香りが漂ってくる。
「ありがとう」
「いつもユフィの部屋で貰う紅茶と同じような味のものにしたんだけど…どうかな?」
「……えぇ、とっても美味しい」
良かった、と笑って、向かいに座ったスザクが次に取り出したのは小さな瓶だった。
「これはルルーシュから君に。渡しておいて欲しいって頼まれた」
「マシュマロ、ですか?」
「君にもうあんな無茶な真似はしないようにって言った手前、直接は会えないからってさ」
瓶を受け取って嬉しそうにそれを眺めるユーフェミアを見ながら、どことなく気恥ずかしそうにしていた友人を思い出す。
彼に今日の計画を話すと、じゃあお茶請けでも贈るかと渡されたものだった。
「あと、チョコレート、美味しかったって」
「本当ですか?良かった…ルルーシュ、まだ苺好きだったのね」
そう言って昔を懐かしむように彼女は笑う。
「私からも、ありがとうと伝えておいてもらえますか?」
「もちろんですよ」
相変わらずユーフェミアの膝の上でくつろぐアーサーが、柔らかな手に撫でられてひとつ欠伸をした。
「…幸せそうだね、アーサー」
「あら、私もですよ。こんな風に、スザクとアーサーと3人でお茶が出来るなんて」
「ユフィ…」
「嬉しいです。本当に」
そうやって優しく微笑む彼女は、自分の事など何でも見透かしてしまうようだ。
「…僕も、時折出来るユフィと紅茶を飲む時間が本当に好きで、幸せで、今度はその時間を僕が返せたらと思ったんだ」
セシルやロイドに相談して、スザクは彼女のくれた様々なものを思い返した。
カタチある物だけじゃない、大切な時間、心地の良い居場所、幸せという気持ち。
その全てに、自分はどれだけ救われただろうか。
ユーフェミアに貰ったものからしてみればちっぽけなものかもしれないが、今の自分に返せる精一杯の感謝をこの部屋に詰めた。
「こんなの、プレゼントにはならないかもしれないけど」
「そんなことないわ!傍でこうしてスザクと話せるだけで、十分嬉しいの」
「君は本当に…勿体無いことを言ってくれるね」
彼女を想う、自分の気持ちを実感する。
あぁ、やっぱり自分は彼女が、ユフィが好きだと。
「ねぇユフィ、この花…貰ってくれる?」
「この桃を…?」
枝を受け取りながら、フリーズドライで枯れないように手が加えられていることに気付く。
「うん。今が一番見頃だっていうのもあるんだけど、その、花言葉があって」
「花言葉、ですか?」
「私は貴女の虜です」
そのあまりにもストレートな言葉に息を呑む。
唯一表情を変えなかったのは、寝そべる一匹の猫くらいだ。
「…ユフィ、顔真っ赤だよ」
「そ、そういうスザクこそ……お顔、赤いですよ」
熱を冷ます術もなく、ただ向かい合って頬を染めるばかりだった。
「……スザクの方が、よっぽど勿体無いことを言ってくれるのに」
無自覚で質の悪い天然騎士様だと、いい加減気付いて欲しい。
「そんなことを言われたら、私からも桃を贈らないといけません」
愛しげに花を見つめる彼女を見て、この花にして良かったと心底思うことが出来た。
桃色と呼ばれるにふさわしいこの柔らかな花びらの色が、スザクの瞳にユーフェミアを想わせた。
尊敬も信頼も忠誠も愛情も全てひっくるめて彼女に伝えるには、この花しかないだろうと思ったのだ。
「それとね、もうひとつ」
「え?」
「君の座ってる椅子なんだけど」
言われてユーフェミアは自分の座っている椅子を振り返って見た。
豪華なわけではなく、ただ繊細で可愛らしい装飾が彫られた白い椅子。
「それも君に、ホワイトデーのプレゼント」
「えっ?でも椅子なんてそんな」
「そう、でもね、君にあげるわけじゃなくて」
照れくさそうに、スザクは頬を掻きながら口にする。
「ここに…置いておきたいんだけど…」
「ここに…ですか?」
「うん」
「…あ、もしかして」
スザクの意図を汲み取って、ユーフェミアはまた顔を赤らめた。
「普段お客さんなんて来ないから、君専用のつもりで買ったんだ」
「それって」
「あまり来る時間はないかもしれないけど…君だけの特等席」
「スザク……」
涙があふれそうになった。そんなプレゼントは、考えてもみなかったから。
「いつでもここに、来てもいいってことですよね?」
「うん」
紅茶には大切な時間を、花には幸せな気持ちを、
「いつでも君のこと、待ってる」
そしてこの椅子には、心地のいい居場所を。
今この部屋は、君への感謝で詰まってる。
「ありがとうスザク……こんなに嬉しいプレゼント、初めて」
「ユフィはいつも僕に大切なものをくれるから、それが少しでも返せていたらいいな」
「もちろん。…ねぇ、大好きよ、スザク」
桃の花と一緒に笑うユーフェミアは、それだけで春を想わせるほど綺麗だった。
「あなたに会いたくなったら、この椅子を使わせてくださいね」
「はい、是非」
「にゃあ」
「ふふ、アーサーもね」
「にゃん」
すっかり夢から覚めた様子のアーサーは彼女に擦り寄り、尻尾をピンと立てて振った。
そんな仕草を可愛いと言ってユーフェミアはますます猫を撫でる。
その光景は微笑ましいようでありながら、実は見せ付けられているような気がして少し悔しかったりもして。
だから、
「ユフィ」
「え?」
振り向いたユーフェミアの唇を奪ったスザクが、小さな邪魔者に引っ掛かれそうになったのは、
少しばかり報われなかっただろうか。
(やっぱり、アーサーは出入り禁止!)
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