次で終わりです。
―*―*―*―*―*
「は~、賑やかだったね」
「そうですね。さすがに普通科と音楽科を合わせると人数多いですから」
ここは屋上。
さすがにここでは出し物をやっていないから、人気もなく静かなままだった。
少しの喧噪の中、しばらく校舎内を見て回った僕たちは日野先輩の当番の時間まで休憩に来ている。
「あれが面白かったよね!志水くんのクラスのスーパーボールすくい!」
そう言いながら先輩はスカートのポケットに手を入れて、小さな淡いピンク色のスーパーボールを取り出した。
「懐かしくてつい燃えちゃった」
「…先輩、3回も紙を破いてましたね」
「う…。あ、あれは久しぶりだったから…」
すねた様な、しゅんとした顔で先輩は指先のスーパーボールを見つめる。
「おまけしてもらえないかって話になった時に、志水くんが一回だけやったらあっさり取れちゃって。悔しいな…」
「…」
「しかも取れたボール私にくれるって言うし…。ちょっと先輩失格っていうか…情けないっていうか…」
「そんなことないと思いますけど」
「そんなことあるの。こうパッと取って、プレゼント出来るって格好良いじゃない?
プレゼントって言ってもスーパーボールだけど…」
来年までに練習しようかな、と考えている先輩を見たら、つい口が勝手に動いて。
「僕は、先輩を尊敬してます」
きょとんとした顔で先輩は見てくる。
「志水くん?」
「僕は、先輩が“先輩失格”だなんて思いません」
「…どうして?」
「それは…」
相変わらず不思議そうな目をしている先輩に、一息ついてから続けた。
「…僕は、先輩の奏でるバイオリンの音色がすごく好きです」
「……」
「先輩の音色は、素直で、明るくて、自由で。…技術面ではつたなかったかもしれないけど、暖かくて」
いつだって思い出せる。
コンクールが終わっても、未だ心から離れない貴女の音。
「聞いていて、優しくなれる音なんです」
それはまるで貴女の様に。
微笑むと、先輩はさっきとは別の表情で下を向いた。
「…先輩は、どうして今年から文化祭が普通科と音楽科の合同になったんだと思いますか?」
「え?」
元々この星奏学園の文化祭は普通科と音楽科は別日程で行われていた。
主な原因は生徒層が厚くて準備や当日の警備などで収拾出来ない事態になるのを避けるためらしかったが、
両科内に見えない壁が出来つつあったのも深刻な問題だったらしい。
それを今年になって、しかもコンクールが終わってすぐのこと。
この学校の伝統は変わった。
文化祭を普通科と音楽科、合同で行う―…と。
ただ黙って返事を待つ僕に、先輩はしばらく考えこんで言った。
「うーんと…そうだなぁ…コンクールがあって、普通科と音楽科が前より仲良くなったから…かなぁ」
先輩はグラウンドに続く屋台を見ながら話す。
「同じ学校の科なのに、どこかお互い毛嫌いしてた所があったじゃない?壁って言うか…知らない人みたいに。
でもそれが、コンクールが終わって、少し変わったように思うんだ。」
遠くを見つめる先輩の瞳は穏やかで、やっぱり優しいものだった。
「前より違う科同士で喋ってる人も多いし、普通科の人達も音楽に興味持つ人が増えた、って
前に金澤先生が言ってた」
仕事が増えて困るって先生は言ってたけど、と苦笑する先輩。
「これってコンクールのおかげ…だよね」
「そうですね。…それだけじゃないとは思いますが」
「え?どういうこと?」
「…僕は、先輩がいたからだと思います」
「ぇ……」
「僕は、コンクールにいたのが、普通科から参加したのが日野先輩だったから、皆変わったんだと思います」
先輩はしばらく固まって、やがて慌てて手を振り出した。
「そんな…っ!大げさだよっ」
「…先輩の音楽は、さっきも言ったように優しくて暖かくて、素晴らしい音楽なんです」
ただ、思ったこと、感じていることを真摯に伝える。
「それだけじゃないです。先輩の真剣で一生懸命な音楽に対する態度と、何より音楽を楽しむ心が、
皆を変えたんです」
そう断言すると、先輩の顔は見る見る赤らんでいく。
「……ほ、褒めすぎだよ…志水くん…;///」
先輩はすっかり赤くなった頬を両手で包んで顔を背ける。
「別に…私じゃなくても…」
「…どうしてですか…?」
「どうしてって…だってそんな…私は何も…」
「少なくとも僕は、コンクールにいてくれたのが先輩で良かったです。…あなたで良かったです」
こんな風に世界が変わったのも。
僕の世界が変わったのも。
全部、あなたのおかげなんですよ…?
「日野先輩じゃなきゃ、駄目なんです」